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読書にあたっての予備知識

森鴎外「ヰタ・セクスアリス」(1909年)

ヰタ・セクスアリス」について

 「ヰタ・セクスアリス」とは、森鴎外が1909年に発表した小説であり、日本近代文学の中でも異色の作品として知られています。タイトルはラテン語で「性欲的生活」を意味する「vita sexualis」から造語されました。

 

 物語の主人公は、哲学者である金井湛(かねい・しずか)で、彼が自らの性欲的な体験を綴った手記を、自分の長男の性教育のために執筆するという設定で進みます。小説の中には大胆な性描写が含まれているため、当時の社会に多大な衝撃を与えました。実際、当時の軍医総監であった森鴎外は、この小説によって政府から懲戒処分を受けることとなり、また、小説が掲載された文芸誌「スバル」は発禁処分を受けました。

 

 しかしながら、「ヰタ・セクスアリス」は、それまでの日本文学には見られなかった大胆な性描写を含んだ作品であり、当時の社会情勢や風潮を反映したものとして、また、森鴎外独自の思想や文体、言葉遣いなどが際立った作品として高く評価されています。

 

 

森鴎外について

 森鴎外は、明治時代から大正時代にかけて活躍した医師・作家・学者であり、夏目漱石と並ぶ文豪として知られています。本名は林太郎で、石見(島根県)津和野に生まれました。東京帝国大学医学部を卒業し、軍医としてドイツに留学しました。帰国後、小説や翻訳、ヨーロッパ文芸の紹介などに力を注ぎ、明治末期には自然主義文学に対抗し、晩年には歴史小説・史伝を執筆しました。代表作に『舞姫』『雁』『高瀬舟』などがあります。

 

 また、森鴎外は、医学博士と文学博士の両方の資格を持ち、陸軍軍医総監や帝室博物館館長、帝室美術院院長など、多彩な職歴を持っています。彼の作品は現代でも多くの人に愛読されており、日本の近代文学史に大きな足跡を残した人物です。

 

 

反自然主義文学

 明治期の日本において、自然主義文学という文学運動が盛んでした。自然主義文学は、フランスの作家エミール・ゾラを中心とする運動が発展したもので、社会を科学的に研究し、人間の本質を解明することを主眼としていました。自然主義文学は、現実主義文学の流れを汲むもので、現実をありのままに描くことを目指していました。

 

 しかし、自然主義文学に対して反発する動きもありました。反自然主義文学は、自然主義文学の人間観に疑問を抱き、人間の感情や精神的な部分に焦点を当てた作品を創作しました。また、反自然主義文学は、芸術としての形式美を重視し、美的な表現手法によって作品の深みや感情表現を追求しました。

 

 代表的な反自然主義文学者には、森鴎外夏目漱石などがいます。森鴎外は、自然主義文学に対して、人間を単に社会的・生物学的な存在としてとらえることに疑問を持ち、心理的な描写を重視するようになりました。一方、夏目漱石は、人間の心の奥底にあるものを描写することで、現実の人間関係や社会問題を浮き彫りにする手法を用いました。