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読書にあたっての予備知識

イワン・ツルゲーネフ「初恋」(1860年)

「初恋」について

 「初恋」は、19世紀ロシア文学の中でも、特に写実主義文学の嚆矢とされる作品の一つです。写実主義文学は、現実的な描写やリアリティの強調に重点を置く文学運動であり、ツルゲーネフもその代表的な作家の一人として知られています。

 

 「初恋」においても、ツルゲーネフは登場人物たちの内面的な葛藤や感情を詳細に描写することで、写実主義的な手法を用いています。例えば、主人公のウラジーミルがジナイーダに惹かれる様子や、彼女に対する妄想的な想像力がリアルに描かれています。

 

 しかしながら、「初恋」には写実主義的な描写の他に、ロマン主義文学的な要素も存在します。特に、ジナイーダに対するウラジーミルの恋心や、ジナイーダ自身が持つ独特な魅力などは、ロマン主義的な思想や感性に基づくものです。

 

 総じて、「初恋」は、当時のロシア社会の現実と内面的な感情や思考を、写実主義的な手法を用いて描写しつつ、同時にロマン主義的な要素を取り入れた作品であると言えます。

 

 

ロシアの写実主義文学とロマン主義文学について

 ロシア文学における写実主義文学とロマン主義文学は、それぞれ独自の特徴を持ちながら、19世紀のロシア文学を代表する二大文学運動として発展しました。

 

 ロマン主義文学は、感情や想像力を重視し、理性や現実よりも理想や夢想を追求する文学運動でした。そのため、主人公が自分の感情や情熱に従って行動することが多く、社会や現実との対立や矛盾が描かれることがあります。また、自然や歴史などに対する畏敬や神秘的な感覚も特徴的でした。

 

 一方、写実主義文学は、現実をより正確に描写することを目指す文学運動でした。社会や人間の問題を深く掘り下げ、客観的に分析することが特徴であり、主人公たちの内面や心理描写も重要視されました。また、自然や風俗、日常生活など、身近なものをリアルに描写することが求められました。例えば、トルストイの『戦争と平和』は、ナポレオン戦争の歴史的な事実に基づき、複数の家族や人物たちの生き様を描き出すことで、社会や人間の本質を深く掘り下げた傑作として知られています。

 

 写実主義文学は、ロマン主義文学に比べてより現実的であるとされ、社会や人間の問題を深く掘り下げることで、ロシアの知識人たちに大きな影響を与えました。また、写実主義文学は、19世紀後半から20世紀初頭にかけてのロシア革命社会主義運動にも大きな影響を与え、現代のロシア文学にも多大な影響を与えています。

 

19世紀のロシア帝国について

 19世紀のロシア帝国は、非常に多様で複雑な社会情勢を抱えていました。一般的に、帝国は3つの階級に分かれていました。

 

 第一階級は貴族で、土地所有権や政治的権力を持ち、文化的・教育的にも高い地位にありました。

 

 第二階級は商人や農民などの庶民で、一般的には社会的に低い地位にありました。しかし、この階級にも裕福な人々や、成功したビジネスマンが存在していました。

 

 第三階級は、奴隷や農奴などの隷属的身分の人々で、人身売買や奴隷制度が存在していました。農奴たちは土地所有者のもとで労働を行い、農産物の一部を地主に納めることが求められました。

 

 また、ロシア帝国は19世紀に入ってから急速な近代化を進めており、鉄道や工場などの施設が建設され、都市化が進展しました。このため、都市部では新興の中産階級が出現し、労働者階級も形成されました。

 

 一方で、19世紀のロシア帝国は貧富の格差が大きく、特に農村部では貧困や飢饉が頻発し、社会不安が高まっていました。また、帝国の支配権をめぐっては、民族問題が起こり、ポーランドフィンランドなどの地域では反乱や独立運動が発生しました。

 

 

イワン・ツルゲーネフについて

 イワン・ツルゲーネフは、19世紀ロシアを代表する小説家の一人です。彼は、1818年にロシア帝国オリョールに生まれ、1883年にフランス共和国ブージヴァルで亡くなりました。

 

 彼は、ロシアの地主階級の家庭に生まれ、モスクワ大学教育学部に入学後、ペテルブルグ大学哲学部に転じ、その後ベルリン大学で哲学を学びました。

 

 彼の作品は、写実主義的な描写が特徴的で、ロシア社会の様々な階層や人間の心理、そしてロマン主義の影響を受けたものがあります。彼は、小説『猟人日記』、『父と子』、『初恋』などで知られています。

 

 また、ツルゲーネフは、農奴解放に賛同する人道主義者としても知られており、農奴解放運動にも積極的に関与しました。彼は、当時のロシアの社会情勢を深く理解し、その反映として彼の作品は、ロシアの文学史に大きな影響を与えました。

 

 晩年は、ヨーロッパを中心に移動し、主にパリで過ごしました。彼は、文学や美術の分野で活躍する多くの友人たちと交流しました。ツルゲーネフの作品は、世界中で高く評価され、彼は現代でもロシア文学の巨匠の一人として、その名を知られています。